無意識の構造②権威の原理

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私たちは、自分で選んでいると思っている。

しかし後から振り返ると、
「あの人がそう言ったから」
という理由で決めていたことに気づくことがある。

医師が勧めたから。
専門家が断言したから。
肩書きのある人が話していたから。

気づかないうちに、判断を預けている。

これは弱さではない。
むしろ人間に備わった、合理的な仕組みだ。

それが——
権威の原理である。

目次

権威とは「思考の省エネ装置」である

世界は複雑だ。

すべてを自分で調べ、検証し、判断することはできない。

だから私たちは、ある種の指標を使う。
• 専門性
• 実績
• 地位
• 評価
• ブランド

これらはすべて、
「信頼してよい可能性が高い」というサインになる。

つまり権威とは、本来、

判断コストを下げるための知恵

なのである。

ここまでは極めて健全だ。

問題は、ここから静かに始まる。

権威は、いつ「支え」から「支配」に変わるのか

権威が危険になる瞬間がある。

それは——
自分の判断が停止したとき。

疑問を持たなくなる。
違和感を無視する。
「専門家が言っているから」と思考を終える。

このとき、権威は補助ではなくなる。

選択の代行者になる。

しかし本来、
選択は誰にも代われない。

どれほど正しそうな助言でも、
それを採用するかどうかは、最後まで自分の領域に残る。

ここが静かに失われていくとき、
主体性は少しずつ外に置かれていく。

多くの場合、本人も気づかないまま。

私たちは「従った」のではない

「委ねた」という選択をしている


権威に従ったと感じるとき、
人はしばしばこう言う。

「言われた通りにしただけだ」

だが本当は違う。

私たちは常に、どこかで選んでいる。

信じることも。
任せることも。
従うことも。

すべて選択だ。

だから問題は、委ねることではない。

委ねたという選択を、自分のものとして引き受けられるか。

ここに、人の立ち位置が現れる。

凪は、権威から距離を取る場所ではない

権威に頼らない人間になろうとする必要はない。

それは現実的ではないし、
時に傲慢にもなる。

重要なのは別のことだ。

凪とは——
権威と自分のあいだに、わずかな余白が生まれる状態。

鵜呑みにもしない。
反射的に否定もしない。

ただ、一度立ち止まる。

そして静かに問う。

「私は、どうするだろうか」

この一瞬が戻るだけで、
選択は再び自分の手に戻る。

人は影響を受ける存在である

それでも、選ぶ存在である

私たちは必ず影響される。

完全に独立した判断など存在しない。

だがそれでも最後には、
小さな決定が残る。

受け入れるのか。
距離を取るのか。
保留するのか。

その積み重ねが、
いつの間にか「自分の人生」になっていく。

凪とは、自由になる場所ではない。

自由を行使できる地点である。

権威がある世界の中で、
それでもなお、自分の選択に戻るための。

静かな足場として。

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この記事を書いた人

感情が揺れやすく、思考が止まりやすい時代に、
立ち止まり考え続けるための“凪”をつくる発信をしています。

説得しない。
ただ、考え続けられる場所に立つ。

人は、選ぶ存在である。

—— 凪=選択可能性が最大の認知状態

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