無意識の構造⑥好意の原理 — なぜ人は「好き」という感情に判断を委ねてしまうのか

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気がつくと、少しだけ評価が甘くなっている。

本来なら気になるはずの点を、
なぜか見過ごしている。

理由を探してみると、
とても単純な言葉に行き着く。

「好きだから。」

それが——
好意の原理である。

好きになることは、世界をやわらかくする

好意は、人を開かせる。

警戒がゆるむ。
距離が縮まる。
言葉が届きやすくなる。

もし私たちが誰にも好意を持たず、
すべてを疑いながら生きていたとしたら、
世界はずいぶん冷たい場所になるだろう。

だから「好き」という感情は、
関係を育てるための自然な働きだ。

弱さではない。
むしろ人間らしさに近い。

ただし——
やわらかさの中で、判断もまたやわらかくなる。

「可愛い」は、判断をほどく

日本には、少し興味深い感覚がある。

「可愛いは正義。」

冗談のように語られることも多いが、
この言葉はある心理をよく表している。

可愛いものを前にすると、
人は警戒を解く。

多少の未熟さも許せる。
小さな失敗も受け入れやすい。
どこか守ってあげたいとさえ感じる。

ここで起きているのは、
単なる嗜好ではない。

評価基準の変化である。

本来なら分けて考えるはずのことが、
好意によって一つに重なっていく。

魅力と判断が、静かに近づく。

それはとても自然な反応だ。

だからこそ、気づきにくい。

好意は、視野を細くすることがある

好意が強くなるほど、
人は見たいものを見るようになる。


違和感は小さく解釈され、
魅力は少し大きく感じられる。

これは盲目というほど極端ではない。
もっと穏やかな偏りだ。

だがその偏りの中で、
選択は少しずつ方向を持ち始める。

問題は、好きになることではない。

好きという感情が、選択の理由を覆い隠すとき。

そのとき人は、
「選んでいる」のではなく、
「惹かれている」状態に近づいていく。

凪は、感情を疑う場所ではない

ここで誤解してはいけない。

凪とは、好きにならないための場所ではない。

感情を排除しようとするほど、
人は不自然になる。

重要なのは別のことだ。

好きだと感じている自分に、
ほんの少しだけ気づいていること。

そのうえで静かに問う。

「私は、この可愛さに惹かれているのか。
それとも、この選択に納得しているのか。」

この問いが戻るだけで、
感情は拘束ではなくなる。

凪とは——
感情を消す場所ではない。
感情とともに選べるようになる余白である。

惹かれることと、選ぶことは同じではない

人はこれからも、誰かを好きになる。

それは止めるものではないし、
止める必要もない。

ただ、覚えておけることが一つある。

惹かれることは自然に起きる。
だが選ぶことは、静かに行われる。

可愛いと感じる。
心が動く。
それでも一度だけ立ち止まる。

そのわずかな余白の中で、
人は主体を取り戻していく。

私たちは——
惹かれる存在であり、同時に選ぶ存在なのだから。

凪とは、
感情に流されない場所ではない。

感情の中で、なお立ち止まれる地点である。

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この記事を書いた人

感情が揺れやすく、思考が止まりやすい時代に、
立ち止まり考え続けるための“凪”をつくる発信をしています。

説得しない。
ただ、考え続けられる場所に立つ。

人は、選ぶ存在である。

—— 凪=選択可能性が最大の認知状態

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